経営学史学会での「物語る経営学史研究」の報告を終えて。

経営学史学会の統一論題での報告を終えました。

今回のタイトルは、「物語る経営学史研究」というもので、経営学史研究に語り(ナラティヴ)の視点を付加することで、どのように新しい研究展開が可能になるのかについてお話をしました。
報告時間30分、討論者によるコメント20分、ディスカッション50分の合計1時間40分という長時間のセッションで、自分の原稿とプレゼンテーションの内容を元に、みなさんと議論を深めていくという形式で、報告者には結構なプレッシャーがかかります。
ただ、討論者の神戸大学の上林先生からの的確な論点提示と、司会者の首都大学の桑田先生に見事にオーガナイズしていただいたおかげで、オーディエンスの方々からも素晴らしいコメントや質問を頂くことが出来、私自身、非常に楽しくディスカッションをすることができました。感謝いたします。


ナラティヴ(語り)などという、なんでそんな刹那的なものを真面目に考える必要があるのかというと、私たちは語ることを通じて、様々な出来事を経験に変えていくからです。朝起きてから今までの時間に、実は経験化されない無数の出来事(例えば、家の外から聞こえる音、目に入った電車の中吊り広告、前を歩いていた人のスマートフォンの色など)があります。けれど、何が経験され、何が経験されないのかというのは、我々がそれらを経験化する物語によって左右されます。それ故に、物語は、まさに出来事を経験にしていく媒介そのものなのです。
そして、私達が語るのは、問いかけに対する応答としてです。つまり、問いかけられたことに媒介され、私達は語る。だとすると、この問いかけが変わることで私達が語ることが変わる、つまり、私達の経験が変わるということになります。
この点にフォーカスしてきたのはナラティヴ・アプローチの医学やカウンセリングなどにおける臨床実践でした。では、これをもう一歩敷衍して、物質性という観点を取り入れていった場合、さらに興味深い点がいくつか見えてきます。

私達の経験する世界は、見事に会話的です。一見会話に見えないもの(iPhoneが作られたことにより、Androidのスマートフォンが誕生する、などのように)、あるものが生まれたことで、それが生まれる前では生じ得なかった問い「Appleは新しいデバイスを作った、だがGoogleは何もしなくていいのか」が生じ、彼らの技術、知識、能力がその問いに対して応答をし始めます。そしてその応答は、次の問いとなり、次の応答を生み出していきます。ただし、その問いは、誰に対しても働くものではなく、その問いを問いとして聞くことができるプロセスを辿ってきた者/モノたちのみに問いかけられるのです。
そのように考えると、この問いを探す旅こそが、私たちに何か新しい応答を可能ににさせる重要な取り組みになると言えます。
したがって、物質性を考える上で、もうひとつ考えるべきは、移動性mobilityです。物理的に移動すること、歩き回ること、これが私達に偶然の出会いをもたらし、新たな問いに直面させます。その問いに直面することによって、私たちに新たな応答を求めてくるし、私達に新たなものを生みださせるのです。

このような点を明示したのは、フィンランドの学習理論研究者のユーリア・エンゲストロームでした。彼の"Wildfire Activity(山火事活動)"という論文は、まさにこの移動性を扱った論文で、なぜ確固たるコントロールが行われていないのにも関わらず、例えばスケートボーダーや赤十字の災害支援活動やバードウォッチングのような活動は、あちこちで繰り返し続けられているのか、ということを考えたものです。それは、内側での活動の構築だけでなく、むしろ、異質な他者との共存関係を構築しているから(例えば、スケートボーディングならば、スケボー少年/少女と商業主義との共存)であるということが見えてきます。
このような関係をエンゲストロームは、菌根(mycorrhizae)と呼びました。ちょうど、木の根っこと菌糸の共生体のようなものだというわけです。
そのような共生的関係を構築するためには、目的を定めない徒歩旅行wayfaringにでなければならない、これはティム・インゴルドの『ラインズ』という本に出てくる視点であり、エンゲストロームはこれを引用しています。徒歩旅行の線は、目的を定めないため、曲がりくねり、効率的ではありません。ともすると商業主義の線は、目的合理的で直線的な線かもしれない。だが、この異質な線の交点にこそ、山火事活動は発生するのです。
したがって、新しい研究を展開するためには、徒歩旅行に出ること、そこで異質な他者と出会うこと、そこで問いを得ること、それに対して語ること、その中で共生関係を築くこと、これらが必要になってくると言えるのです。

近年、私は色々なメディアに出させてもらったり、講演をしたり、また、様々な起業家、ビジネスパースンとの交流を数多く持たせてもらっています。これらは私の徒歩旅行であり、その交点で発生するwildfire activityを目指したものです。 越境をすることを通じて、様々に自分の研究していること、探求していることは常にその場において問われ、それに応答すべく語ることになります。この会話的プロセスを通じて、自分の研究・探求を深めていきたいと思うのです。学術の世界とビジネスの世界との間に、菌根的関係が形成され、その時々の炎が大きくなればと思っています。その一助になりたいと思うのです。

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